685、横須賀美術館、谷内六郎
観音崎に横須賀美術館が建つ。海に面したなだらかなスロープに建ち、のんびりと海景色を見やる人が多い。
私たちはそんな美術館にゆっくり近づいた。サングラスが欲しくなるような強い日差しがあり、ふりかえると海面がきらきら輝いて見えた。
嘗て週刊新潮を愛読していた時期があり、毎週買い求めていたものだった。週刊新潮は明日発売になります。谷内六郎さんの表紙でお馴染みの、といった感じでコマーシャルが流れて、山口瞳の男性自身というコラムを楽しみにしていた。百円で週刊誌が変えた時代で、高い朝日ジャーナルでも百二十円だったと記憶する。ほのぼのとした、その谷内六郎の表紙絵が並ぶ一角があり、横須賀美術館の常設展示室になった居る。表紙絵と当時の週刊誌が一対に展示されており、中には表紙の言葉まで副えてあるものもある。20代の当時を思い出し、懐かしく展示を見つめた。ウイットにとみ、しかも季節感に溢れた絵は労作で、なんといっても毎週毎週というその積み重ねが素晴らしいとしみじみ思う。
菅野圭介の絵画100点が展示され、また矢崎千代二の人物と風景と題する展示もあり、舘内は相応に人が集まっていた。明るい広々とした舘内で、ゆっくりと展示された絵画を鑑賞でき、海に面したこの美術館の立地は思いがけないものだった。この美術館が収蔵する美術品も4500点というから、たまに覗いて見ると、また異なる絵画彫刻を見ることが出来そうだ。
美術館の脇には季節柄紫陽花が様々の彩の花を咲かせていた。この花を目当てに観音崎を訪れた人も多いようでカメラを向ける人があちらこちらに見られた。私たちもそうしたうちの一人で、おまけのようにして見た横須賀美術館は一層秀逸に思われた。海沿いの斜面に美術館が立ち、建物の一部が喫茶やレストランに利用されている。それは丁度海を見下ろし位置にあり、気持ち良さそうに談笑し、あるいは昼食をとっている。私たちはそんな至福の様子を横目に見て、バス停のある灯台口を目指した。
私たちはそんな美術館にゆっくり近づいた。サングラスが欲しくなるような強い日差しがあり、ふりかえると海面がきらきら輝いて見えた。
嘗て週刊新潮を愛読していた時期があり、毎週買い求めていたものだった。週刊新潮は明日発売になります。谷内六郎さんの表紙でお馴染みの、といった感じでコマーシャルが流れて、山口瞳の男性自身というコラムを楽しみにしていた。百円で週刊誌が変えた時代で、高い朝日ジャーナルでも百二十円だったと記憶する。ほのぼのとした、その谷内六郎の表紙絵が並ぶ一角があり、横須賀美術館の常設展示室になった居る。表紙絵と当時の週刊誌が一対に展示されており、中には表紙の言葉まで副えてあるものもある。20代の当時を思い出し、懐かしく展示を見つめた。ウイットにとみ、しかも季節感に溢れた絵は労作で、なんといっても毎週毎週というその積み重ねが素晴らしいとしみじみ思う。
菅野圭介の絵画100点が展示され、また矢崎千代二の人物と風景と題する展示もあり、舘内は相応に人が集まっていた。明るい広々とした舘内で、ゆっくりと展示された絵画を鑑賞でき、海に面したこの美術館の立地は思いがけないものだった。この美術館が収蔵する美術品も4500点というから、たまに覗いて見ると、また異なる絵画彫刻を見ることが出来そうだ。
美術館の脇には季節柄紫陽花が様々の彩の花を咲かせていた。この花を目当てに観音崎を訪れた人も多いようでカメラを向ける人があちらこちらに見られた。私たちもそうしたうちの一人で、おまけのようにして見た横須賀美術館は一層秀逸に思われた。海沿いの斜面に美術館が立ち、建物の一部が喫茶やレストランに利用されている。それは丁度海を見下ろし位置にあり、気持ち良さそうに談笑し、あるいは昼食をとっている。私たちはそんな至福の様子を横目に見て、バス停のある灯台口を目指した。
この記事へのコメント