1514、運慶に出遭う
先日、上野に出て、国立美術館の平成館を覗いた。折から運慶の展示が行われており、沢山の人出だった。
あちらこちらでいくつも展示会が開催されており、世はまさに芸術の秋であった。
朝のうちにと早めに家を出たのだが、どこの年寄りも早起きで出だしが速いのだから会場に着くと沢山の人出だった。午後のスタートにした方が楽に展示を楽しめたのにと後悔しても後の祭りで、押し合いへし合いの運慶鑑賞が始まった次第である。
さて運慶である、どうしても最初の出会いが印象深く東大寺の仁王門の印象が色濃く残る仏師である。金剛力士像を初めて見上げたのは中学校の修学旅行だったから、その時に奈良の仏師と教えられたに違いなく、偉作はすべて奈良にあるものとばかり思ってきたが、関東、それも神奈川にもあると知りびっくりであった。知らぬは何とかで、なるほど鎌倉時代といえば関東に政治の基盤が移ったのだから、その関りで関東に偉作があるのは当たり前のことなのだろう、と前から後ろから仏像を見上げて感心すること、しきりであった。
興福寺北円堂に安置される無著菩薩立像、世親菩薩立像、そして四天王立像は圧巻であった。
また願成就院やら浄楽寺という古刹の仏像もなるほどと思わせるものがあった。いずれも静岡や神奈川にある寺で、存じ上げない御寺である。
帰りがけ、芸大の辺りから上野桜木、根津へと抜けて馴染みの千駄木を目指した。火曜日で、休みのところが多く、仕方なく上野の戻った。こんなところにも、と思う場所でも外人さんに出遭った。運慶像とのめぐり逢いにも似て、意外な出会いでもあった。
あちらこちらでいくつも展示会が開催されており、世はまさに芸術の秋であった。
朝のうちにと早めに家を出たのだが、どこの年寄りも早起きで出だしが速いのだから会場に着くと沢山の人出だった。午後のスタートにした方が楽に展示を楽しめたのにと後悔しても後の祭りで、押し合いへし合いの運慶鑑賞が始まった次第である。
さて運慶である、どうしても最初の出会いが印象深く東大寺の仁王門の印象が色濃く残る仏師である。金剛力士像を初めて見上げたのは中学校の修学旅行だったから、その時に奈良の仏師と教えられたに違いなく、偉作はすべて奈良にあるものとばかり思ってきたが、関東、それも神奈川にもあると知りびっくりであった。知らぬは何とかで、なるほど鎌倉時代といえば関東に政治の基盤が移ったのだから、その関りで関東に偉作があるのは当たり前のことなのだろう、と前から後ろから仏像を見上げて感心すること、しきりであった。
興福寺北円堂に安置される無著菩薩立像、世親菩薩立像、そして四天王立像は圧巻であった。
また願成就院やら浄楽寺という古刹の仏像もなるほどと思わせるものがあった。いずれも静岡や神奈川にある寺で、存じ上げない御寺である。
帰りがけ、芸大の辺りから上野桜木、根津へと抜けて馴染みの千駄木を目指した。火曜日で、休みのところが多く、仕方なく上野の戻った。こんなところにも、と思う場所でも外人さんに出遭った。運慶像とのめぐり逢いにも似て、意外な出会いでもあった。
この記事へのコメント
グーグル検索にてヒットし、小一時間で読めます。
少し難解ですが歴史ミステリーとして面白いです。
北円堂は無著世親像を収蔵している
古都奈良・興福寺の八角円堂です。