1743,湯河原,海石榴へ

年の終わり、湯河原に行く。
春に銀山温泉に行き、それ以来の温泉であった。

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大雪が過ぎ、間もなく冬至が来ようという年末であった。家内と娘との三人の旅は仙台の奥座敷秋保温泉以来のことだった。
そして湯河原に来たのは、まだ娘が幼い時代でせいぜい幼稚園に行くか行かないかの頃だったと記憶する。実家の両親やら兄夫婦、そして兄の子供たちとの旅であったかと思う。
小田原でウナギを食べ、前日は熱海に泊まった。熱海の変わりように家内とびっくりした翌日、奥まった山の中にタクシーを飛ばしてこの海石榴に来たのだった。



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部屋に寛ぐと、すぐに風呂に向かう。内風呂そして露天、のんびりと湯を楽しみ、部屋に戻る。途中、乾いた咽喉を一口サイズの恵比寿で癒すした。部屋はまだ誰もいず、籐椅子に腰を下ろした。テレビは夕方のニュース、感染症の具合は想像以上で、正月は大変なことになりそうだ。子供達には小田原で正月支度を整えてあげ、来訪はやめにしようかなどと、考える。女性はのんびりと湯につかり、小半時もしたころ部屋に戻った。
夕食である。酒は地酒を頼む。海石榴と花の舞にした。


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昨夜は熱海で、ワインだった。白だ赤だと、結局2本開けたのかもしれない。だからというわけでもないが、今宵は酒、ビールを少しだけ飲み、盃をもった。キンキンに冷えた酒もうまいものだと、普段はウヰスキー党の私も酒が進む。


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師走である。分厚いカーテンをしても外には風があるようで、木々の騒めくような音が聞こえる。私は風呂は一度で満足なのだが、女性陣はまた温泉に向かうような話が進んでいる。もう半月もすれば、新年である。明日は昼前には宿を出て、小田原に向かおうなどと話しながら食事を終える。


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海石榴の夜はかくして更けてゆく。
仲居さんが食卓を片付け、朝餉の時間を確認しておやすみなさいと下がってゆく。テレビの画面を眺めるでもなく見やりながら、箱根のことを考える。母校は相応に走ってくれるだろうかと、いつもこの時期は気になる主題である。青山ばかりが目立つ例年で、母校はどうにか翌年の切符を守る程度の戦績なのだ。臙脂の躍動を祈るばかりと、残り酒を口に運ぶ。
かくて40年ぶりの湯河原の夜は冷え冷えと冴えわたる。風が鳴り,木々の羽音が聞こえている。

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